「 大使の国旗を奪われても強国の中国には怒れない日本 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 951
8月27日夕方、北京駐在の丹羽宇一郎大使の乗った公用車が襲われ、日本の国旗が奪われた事件の意味の重大さを、野田佳彦首相は理解しているのだろうか。日本の外務省自身、日本の名誉を守り、日本の立場を主張し、国益を守る責務を忘れてしまっているのではないか。
事件発生当日、在北京日本大使館の堀之内秀久次席公使が羅照輝中国外務省アジア局長に「厳正な抗議」を申し入れたが、東京の外務省は何ら抗議をしなかった。
国際条約によって、外交官の安全を守るのは接受国の責務であると決められている。中国側はこの責務を果たすこともなく、事件の発生を遺憾だと表明するのみで、謝罪の言葉は発していない。
日章旗を奪った男たちを「英雄」とほめたたえ、反日なら何をしても許されるという「反日無罪」の動きを前にして、そうした反日運動を中国政府も抑制しかねているという事情を中国側は“示唆”するのである。それを言い訳として、謝罪しないのである。それに対して、日本側は憤るべきだが、民主党にも、日本全体にも、その憤りがない。
私の印象に残ったまともな反応はむしろ一人の北京市民のそれだった。中国人の女性が「これが逆の立場だったらどうなっていただろうか」と語っていたが、これが逆だったら、日本側はタダでは済まない仕打ちを受けていたと思われる。
他方、29日には北京で日中国交正常化40周年記念シンポジウムが開かれた。当然、事件について、どう反応するか、大きな関心が寄せられた。丹羽大使本人は事件に触れず、代わりに唐家㏄(とう・かせん)元国務委員が、「大変無礼な振る舞いをした」「愛国者ではなく、害国者(国に被害をもたらす人)だ」と語った。
ちなみに唐氏はかつて、小泉純一郎政権のとき、首相の靖国神社参拝に関して、田中眞紀子氏に「靖国参拝を止めなさいと厳命した」と語った人物だ。
今回、氏は事件を「大変無礼な振る舞い」として中国側の非を認めたが、必ずしもそれは謝罪ではない。また、氏はもはや中国政府の一員ではない。OBである。したがってその発言は、中国政府の発言ではない。事実関係からいえば、中国政府はいかなる意味でも謝っていないのである。
ここで思い出すのは2004年8月のことだ。北京で開かれたサッカー・アジアカップ決勝戦で日本は中国に勝利した。中国人が暴徒化し、日本公使の乗った公用車が襲撃され後部ガラスが割られた。にもかかわらず、中国公安局は反日運動を放置し、ようやく9日後に捜査を開始した。日本に補償したのは、多くの人の事件への関心が薄れたさらに1年後だった。
国家の代表である大使の公用車から日の丸を強奪して奇声を上げて逃げ去るという、今回の重大な侮りの行為は国際社会では決して許されない。にもかかわらず、何をされても、わが国政府はまともな抗議も対応もせず、むしろ逆の対応に終始している。
事件発生翌日の28日、野田首相は素早く胡錦濤国家主席に親書を送ることを決定し、同日午後から訪中する山口壯外務副大臣に親書を託した。下手(したて)外交に徹しているのだ。こんな手法で中国と対等に向き合い、問題を正しく解決することは不可能である。
国家にとって大事なことの一つは、その国の威厳を守ることである。名誉を傷つける行為は許してはならない。だからこそ、韓国の李明博大統領の天皇陛下への非礼を日本は怒った。日章旗強奪に怒れないのは、相手が中国という強い力と強い主張の国だからだ。強さを前面に出す国に逃げの姿勢を取るのは、戦後日本の特色である。その壁を破る唯一の解決は、やはり憲法改正だと、私は思う。